【コラム】温度滴定 ― 分析を完成させる最後のピース
2026/05/26
記事
滴定は、すべての化学系学生が学ぶ基本的な分析手法です。また、ほぼすべての分析ラボで、手動滴定、光度滴定、あるいは電位差滴定が実施されています。本ブログ記事では、こうした滴定法に加えて、これまであまり耳にしたことがないかもしれないもう一つの滴定法であるサーモメトリック滴定をご紹介します。
サーモメトリック滴定は、「滴定」というパズルを完成させるための最後のピースともいえる分析手法です。
本記事では、以下の内容をご紹介します。:
- サーモメトリック滴定とは
- サーモメトリック滴定では何が起こるのか
- サーモメトリック滴定を選択するメリット
- サーモメトリック滴定の実施方法
- 力価(Titer)およびブランク値の測定
- サーモメトリック滴定のアプリケーション事例
サーモメトリック滴定とは
サーモメトリック滴定(TET)は、エンタルピー変化(ΔH)の原理に基づく滴定法です。あらゆる化学反応にはエンタルピー変化が伴い、その結果として温度変化が生じます。滴定中、試料と滴定液の反応が発熱反応であれば温度は上昇し、吸熱反応であれば温度は低下します。
サーモメトリック滴定では、自動ビュレットによって滴定液が一定の速度で添加されます。そして、試料と滴定液の反応によって生じる温度変化を測定します。滴定曲線(温度と滴定液添加量の関係を示した曲線)の変曲点が終点を示します。図1 には、発熱反応および吸熱反応における理想的なサーモメトリック滴定曲線を示しています。
サーモメトリック滴定では何が起こるのか
発熱反応を伴う滴定では、試料中に被滴定成分が残っている間は、滴定液の添加に伴って温度が上昇します。すべての被滴定成分が消費されると、溶液は周囲温度との平衡に向かうとともに、滴定液による希釈の影響も受けるため、温度は再び低下します(図1 左)。この温度低下によって発熱型の終点が現れます。
方、吸熱反応を伴う滴定では、試料中に被滴定成分が存在する間は、滴定液の添加に伴って温度が低下します。すべての被滴定成分が消費されると、溶液が周囲温度との平衡に向かうことや、滴定液による希釈の影響により、温度は安定するか再び上昇します(図1 右)。この温度上昇によって吸熱型の終点が現れます。
試料含有量の計算において重要なのは滴定液の使用量のみであるため、絶対温度を把握する必要はありません。また、滴定容器を断熱したり恒温化したりする必要もありません。
滴定中に生じるごくわずかな温度変化を測定するためには、高い分解能と高速応答性を備えたサーミスタが必要です。これらのセンサー(図2)は、0.0001 ℃の温度差を測定できるほか、100 msごとに測定データを取得することができます。
サーモメトリック滴定を選択するメリット
電位差滴定や光度滴定は、すでに確立された機器分析による滴定法です。それでは、なぜサーモメトリック滴定を検討する必要があるのでしょうか。
TETには、他の機器分析による滴定法と共通する次のような利点があります。:
- 低コストで分析できる:滴定装置は導入費用が比較的低く、HPLCやICP-MSなどの元素分析装置と比べて運用・保守コストも抑えられます。
- 絶対測定法である:滴定は絶対測定法であるため、システムを頻繁に校正する必要がありません。
- 幅広い用途に使用できる:滴定はさまざまな業界で多様な分析対象の定量に用いられている汎用性の高い分析手法です。
- 自動化が容易である:滴定は容易に自動化でき、ラボにおける再現性と作業効率の向上に貢献します。詳細については、当社ブログ「なぜ自動化を検討すべきなのか ― シンプルな滴定でも 」をご覧ください。
従来の機器分析による滴定法と比較して、サーモメトリック滴定にはさらに次のような利点があります。:
- 迅速な滴定:サーモメトリック滴定は非常に短時間で完了します。通常、1回の滴定に要する時間は2~3分程度です。
- 単一のセンサーで対応可能:酸塩基滴定、酸化還元滴定、沈殿滴定など、滴定反応の種類を問わず、同じセンサー(dThermoprobe)を使用できます。
- メンテナンス不要のセンサー:dThermoprobeはメンテナンスフリーです。校正や電解液の補充が不要で、乾燥状態のまま保管できます。
- 使用する溶媒量が少ない:サーモメトリック滴定では、通常30 mL程度の溶媒を使用します。溶媒量が少ないため希釈の影響を最小限に抑えることができ、エンタルピー変化を確実に検出できます。また、副次的な利点として、廃液量の削減にもつながります。
- 適用可能な滴定の範囲が広い:エンタルピー変化はあらゆる化学反応に共通して生じるため、サーモメトリック滴定は指示薬の色変化や指示電極に依存しません。その結果、他の滴定法では適用が難しい分析にも対応できます。
- 試料前処理が容易:TETでは高濃度の滴定液を使用するため、より多くの試料を採取することが可能で、秤量誤差や希釈誤差を低減できます。また、ろ過などの煩雑な前処理工程を省略できる場合もあります。
サーモメトリック滴定についてさらに詳しく知りたい方は、以下の資料をご覧ください。
カタログ: Thermometric Titration with OMNIS
サーモメトリック滴定の実施方法
サーモメトリック滴定の基本をご理解いただいたところで、次にシステム構成について詳しく見ていきましょう。サーモメトリック滴定はOMNISプラットフォームに統合されているため、必要なのはOMNIS滴定装置(図3)とdThermoprobe(図2)のみです。
他の滴定と同様に、滴定セルのセットアップは非常に重要です。TETでは十分な混合を確保するため、ロッドスターラーの使用を強く推奨します。通常、強力な撹拌によってシグナルノイズが低減し、より滑らかな滴定曲線が得られます。
ただし、液はねや過度な渦の発生は避けてください。そのような状態になると、センサーが溶液中に適切に浸漬されなくなる可能性があります。
滴定液を供給するビュレット先端は、図4 に示すように、撹拌方向に対してセンサーの下流側に配置する必要があります。このように配置することでシグナルノイズが低減され、より良好な滴定曲線が得られます。また、dThermoprobeとビュレット先端は、プロペラ翼の約1 mm上方に設置することが推奨されます。ただし、チューブやセンサーがスターラーに接触しないよう注意してください。接触するとノイズの多い滴定曲線の原因となります。
滴定中は、自動ビュレットによって滴定液があらかじめ設定された添加速度で連続的に供給されます。このため、一定量ずつ滴定液を添加し、その都度ドリフトが安定するのを待つ必要がある 電位差滴 と比べて、TETはより短時間で測定を完了できます。
滴定終了後は、センサーを適切な溶媒で洗浄するだけです。サーミスタは非常に高感度であるため、超音波洗浄器や歯ブラシのような器具を用いて洗浄しないよう注意してください。
力価(Titer)およびブランク値の測定
Titer
他の滴定法と同様に、試料を測定する前に力価(Titer)の測定を行う必要があります。ただし、サーモメトリック滴定における力価測定は電位差滴定とは異なります。TETでは、力価は線形回帰によって求められ、この計算はOMNISソフトウェアが自動的に実行します。
線形回帰を行うために、標準物質の量(x軸)に対して滴定液の消費量(y軸)をプロットします。そのため、グラフを作成するには、適切な標準物質について複数の異なる採取量で滴定を行う必要があります。図5 は、この考え方を示したものです。
Blank
TETにおけるブランク値の測定は、一般的な滴定で行われる溶媒ブランク測定とは異なります。力価測定と同様に、ここでも線形回帰を用いて算出します。異なる量の試料を滴定し、その結果を滴定液消費量に対してプロットします。
使用する式は同じく y = ax + b です。ただし、ブランク値の測定では傾き(a)ではなく y切片(b) を使用します。この y切片(b)がブランク値に直接対応します。
線形回帰を用いる大きな利点の一つは、決定係数(R²) を用いて滴定の直線性を評価できることです。推奨されるR²値は 0.999以上 です。
このブランク値測定法の利点は、システム全体を考慮して評価できる点にあります。表1 では、サーモメトリック滴定と電位差滴定におけるブランク値測定を比較しています。
| サーモメトリック滴定 ― メソッドブランク | 電位差滴定 ― 溶媒ブランク | |
|---|---|---|
| 測定方法 | 試料を用いて測定 | 試料を用いずに測定 |
| 計算方法 | 線形回帰 | 直接計算 |
| ブランク値 | 負の値になる場合がある | 負の値にはならない |
| 滴定パラメータ | ブランク値測定と試料測定で同一のパラメータを使用 | ブランク値測定と試料測定で異なるパラメータを使用 |
サーモメトリック滴定のアプリケーション例
このセクションでは、サーモメトリック滴定の実際のアプリケーション例をご紹介します。
酸価(Acid Number)および塩基価(Base Number)
酸価(AN:Acid Number)および塩基価(BN:Base Number)は、石油業界において重要な品質指標です。これらはそれぞれ、水酸化カリウム(KOH)または過塩素酸(HClO₄)を滴定液とする非水系酸塩基滴定によって測定されます。
このような測定では、非常に弱い酸(AN測定の場合)や弱い塩基(BN測定の場合)が対象となるため、反応に伴うエンタルピー変化はわずかです。しかし、触媒指示薬を用いることで、これらの弱酸や弱塩基もTETによって測定することができます。
ASTM D8045では、サーモメトリック滴定による原油の酸価(AN)の測定方法が規定されています。
このTETアプリケーションについてさらに詳しく知りたい方は、私たちのブログ記事 「サーモメトリック滴定による酸価および塩基価の迅速測定」 をご覧ください。
Sodium(ソディウム, Na)
従来の滴定法では、食品中の塩分は通常、塩化物イオン量のみに基づいて測定されます。しかし食品には、グルタミン酸ナトリウム(MSG)など、塩化ナトリウム以外のナトリウム源が含まれていることが一般的です。TETを用いることで、ナトリウムを直接滴定できるため、食品中の実際のナトリウム含有量を低コストで測定することが可能になります。
TETによるナトリウム測定について詳しくは、動画をご覧ください。
滴定法の詳細については、以下のアプリケーションノートをダウンロードしてください。
AB-298 : Sodium determination in various foods with thermometric titration
肥料分析
肥料には、植物の成長に重要なリン、窒素、カリウムなど、さまざまな栄養成分が含まれています。TETでは、古典的な重量分析反応(例えば、バリウムによる硫酸塩の沈殿反応)を滴定の基礎として利用することで、これらの栄養成分を分析できます。そのため、沈殿物を乾燥・秤量する従来法のように結果が得られるまで何時間も待つことなく、迅速に測定することが可能です。
サーモメトリック滴定による肥料分析についてさらに詳しく知りたい方は、私たちのブログ記事 「サーモメトリック滴定による肥料の多成分分析 」をご覧ください。
有機金属化合物
グリニャール試薬やブチルリチウム化合物などの有機金属化合物は、医薬品有効成分(API)の合成やポリブタジエンなどのポリマーの製造に使用されています。TETでは、これらの反応性が高い化合物を不活性ガス雰囲気下で2-ブタノールを用いて滴定することで、迅速かつ信頼性高く分析できます。
本テーマの詳細については、以下のアプリケーションノートをダウンロードしてください。
AN-H-142: Determination of metal-organic compounds
まとめ
以上、サーモメトリック滴定の活用例をいくつかご紹介しました。これらは、その幅広い適用可能性を示すほんの一例に過ぎません。TETのその他のアプリケーションについては、私たちのApplication Finderをご覧ください。
Thermometric titration
Key learnings
- TET is an alternative titration method based on enthalpy change
- Thermometric titration is a fast analysis technique providing results in less than three minutes
- The robust and sensitive dThermoprobe is used to determine exothermic and endothermic endpoints
- Thermometric titration can be used for various analyses, including titrations which cannot be performed otherwise (e.g., sodium determination)